60年目の真実

祖父のことを思うと涙が止まりません。ありがとう、じーちゃん。

愛する人だけでも、守る力が欲しいですね→ : 152

作品評価: イイ 533 - ダメポ 19 = 514

※評価されたコメントのみ表示しています。

keima

オバマさんノーベル平和賞について
アメリカ大統領が何もしていないから平和賞だよってひにくったコピペがあったんだけど。

この祖父に純粋に平和賞をあげて欲しいです。 09-10-29 21:14

PU: 68

ほげぴよ

R市長

進軍して戦線を拡大する場合、普通まず、制海権制空権および兵站(へいたん=補給)路を確保するのがセオリーですが、太平洋戦争初期における日本軍は、補給を考えずに東南アジアへの急激な戦線拡大を行った。
補給すべき充分な物資も少ない日本内地は当てにできない事も有りましたが、とにかく食料を始め、ほとんどの物資は現地調達を基本として、結局日本軍は何も持たずに勢いだけで、あっという間にシンガポールまでいってしまったのです。
現地の人達は、最初日本軍進駐を期待を持って、本心から歓迎していたのですが、やがて現地調達と称する略奪が始まりました。
兵隊達は農家から穀物や労働力の牛やヤギなどを連れ去ろうとし、それを止めようとする農民達をたとえ足蹴にしても上官の命令は絶対であり、連れて来ざる負えなかったのです。アジアの人達の間では、大いなる失望感と共に一気に反日感情へと流れは変わっていったのです。
大東亜共栄圏は虐げられたアジア人を欧米の搾取から解放する…という今の時点で考えても素晴らしい理念だと思う…しかし最初から方法が間違ってたとしか言いようがないですね。 09-10-29 22:34

PU: 65

SK8S

えみにゅん

この時代の話は、どんなお話を聞いてもどれも胸が詰まるものばかりです。多くの命を無駄にしないようにしていかなければならないと思います。生きて帰ってくることが恥だなんて、そんな美学はもういらないですね・・・ 09-10-29 23:09

PU: 9

ゴーくり

はなぢ

この素敵な話しのコメント欄に、これだけ熱いコメントが並ぶのを見ると。
「戦争を知らない世代」とか言われますが、
この国はもう過ちを犯しちゃいけないんだってことちゃんとわかってるよね、と
ちょっと安心するのです。 09-10-30 11:29

PU: 8

ままん

53歳おじさん

信念。ユダヤの人々に旅券を発行し続けた日本の大使の話を思い出しました。このような日本人もいたのですね。広くみんなに知ってもらいたいです。今を生きるためにも。
もう30年以上も前の話です。私が学生時代にアルバイトをしてい職場に戦争時の大陸での話を懐かしそうに話し合っている方達がいました。何人殺した、何人強姦した,腹を引き裂いたなど。笑いながら、お茶をすすりながら。その時の顔は30年以上たった今でも脳裏に焼き付いています。本当に嫌なモノを見てしまった,聞いてしまったと。ある極限の中での蛮行愚行は平和時の私たちには到底理解できない狂気の中でのことでしょう。しかし戦後30年以上が経過したときに、その当時の自分の行いを全く恥じていない人間もいたんですね。この卑しむ人たちと、こちらのおじいさまと、大きく分けた違いはなんなのでしょうか。 09-10-30 15:37

PU: 8

s-_-s

通常の名無しさんの3

便意兵・・・更衣兵の間違いですよね?(´д`;
(更衣兵:軍服を着用せずに、民間人を装って突然襲い掛かる兵士。民間人への不信から虐殺の元になるので国際法違反だが、第二次世界大戦中の中国では多数見られ、更衣兵狩りが虐殺に繋がったり、あるいは更衣兵狩りそのものが虐殺と誤解されたケースが多発したそうな) 09-10-29 21:48

PU: 7

SK8S

hsp_V2

抜かずの剣こそ守りの誇り! 09-10-29 22:14

PU: 7

山吹屋

sugar

生きて帰ったのはめでたいが、その職務放棄でどこかで味方が窮地に陥ってなければいいが 09-10-29 21:18

PU: 6

ネタ切れ

the Jet of a Cat

腐りきった軍部の教育によって洗脳されきっていた当時の方々の中にも、先見の明を持ち自分を見失わない人がいて、60年後の今日こうして生きている私たちに命のリレーを繋いでくれた・・・今度は私たちの番なのでしょうね、エゴの塊のマスゴミや官僚の洗脳を打ち破り、私たちの子ども達の代に本来の素晴らしい日本を残して行かなくては・・・ 09-10-29 21:31

PU: 6

Y川氏

こらしょぉ!

ある意味敵に銃を向けるより困難な戦いだったことでしょう。内地に帰ってからの方が、厳しかったかもしれません。
生き抜いて次代を育てるという戦いを、老いるまで成し遂げて下さって有り難うございますと伝えたい。 09-10-29 22:12

PU: 5

ゴーくり

ぴゃっふぃー

生還出来てこその話。中には口をつむんでしまった人も居るだろうが、それでも口を突いて出てしまう話と言うのは、人間が信じるに足る存在であることを再認識させてくれる。 (m) 09-10-29 23:58

PU: 4

ゴーくり

R市長

通常の名無しさんの3様>反日感情?
戦後のマスコミが捏造した情報操作…という説を自分は全否定はしませんよ。しかし当時、現実的な被害意識で反日感情が燃え上がったのも確かだと思います。
東南アジアでは、いくつかの国で戦後まで(いや今も現地に住み)その国に残り、現地の独立軍兵士を指導教育し、宗主国との独立戦争に参加して感謝され尊敬されている元日本兵がたくさんいます。お陰でたくさんの国が独立できたと言って内心では感謝しているのです。それでもしかし独立しても貧しいアジアの国々は賠償がやはり欲しい→実情以上に反日を掲げる…という事情もありました。戦後も遠くなった今となっては…日本の近隣の国々以外では…雪が融けるように反日感情は癒え、親日感情の方が確かに拡がりつつあるように感じます。
同じアジアでも、日本の近隣の国々となるとそうは行きません。歴史的に隣国同士の関係というものは、他の国々とは違う特殊なメンタリティと利害関係が複雑に絡んで簡単にはいきません。…すっきりしたいだけなら攻め込めばいいのだけど…ブッシュのように…。
しかし…無駄な戦いを避けて行く為には、このSK8S様のお爺様のように頭を使っていくしかない…だろうと自分は思っています。 09-10-30 01:48

PU: 4

どれでも1個、100万円

「無用な戦闘は避ける」 言うは易しですが餓死しそうになるまで遂行する覚悟には凄まじいものがあると思います。戦争はイクナイ!(・A・)と思いますが、軍人として生きるとしたら、このような生き方を全うしたいと思います。 09-10-29 21:13

PU: 3

百目鬼

SK8S

よりよる様
文が非常に長いため、省略しておりましたが、終戦間際ではなかった頃の実際に祖父が遂行していた任務は、別師団への物資輸送、拠点防衛等の後方支援が主であることはAさんの文にもありました。戦闘放棄ではなく、戦闘支援です。もともとが命を落としにくい部隊でありましたし、生き残って他部隊の支援をすることこそ、国のためです。通信士は特に、生きて情報を伝えてこそ国のためですし。祖父の部隊の支援により、多くの部隊が命をつないでいったというのが、祖父の任務です。もっとも終戦間際にはそんな後方部隊にすら拠点制圧の命が下るという、ミッションインポッシブルだったのです。プロパガンダのつもりは一切ございませんです・・・ 09-10-30 09:26

PU: 2

百目鬼

通常の名無しさんの3

>R市長様
反日感情?
少なくとも東南アジアの国々は、日本の国際社会復帰を大歓迎してくれましたし、今でも「貴方方の父祖は謝ることなんて何一つしなかった」と言ってくれる人が大勢いますよ。
(さすがに「何一つ」は誇張でしょうが)
第二次世界大戦までで、現地調達抜きで進軍できるほどの堅固で潤沢な補給線を築けたのはアメリカぐらいですよ 09-10-30 00:38

PU: 1

よりよる